2008年3月27日 (木)

学生生活最後の六甲・・・

■あと数日で、合宿研修がはじまります。「期待半分・不安半分」とは言い古された表現ではありますが、やはり真実をついた言葉であり、気持ちであると思う。

■先日、久しぶりに平日に一人で六甲に行ってきました。早朝からサラリーマンで混雑する電車に、異質なリュックサック姿で乗り込むのは多少目立ちますが、平日の静かな六甲を歩く、そんな特権も今月で終わりなのです。

 昨年夏ごろからヒマにかまけて六甲で遊んできたのですが、敷居の高さ(?)に躊躇してなかなかチャレンジできなかった、いわゆる「経験者・熟練者」的なコースに思い切って行ってきました。(しかし、あとから冷静に考えると、やはりリスキーだったかなぁ・・・、とも。)

■コース的には、谷歩きがその多くを占めました。明確な整備された登山道や標識はなく、人たちの踏み跡と、赤・青のテープ、そして地図を頼りに歩いていきます。

 船坂橋から一軒茶屋まで上り、そこから魚屋道で一気に有馬まで下ります。そこから、、紅葉谷道に入り(途中、夫婦滝や蜘蛛滝に寄り道しつつ)、白石谷を登っていきます。再び一軒茶屋に到着し、そこから車道を歩いて、天狗塚を通過し、神戸大学・阪急六甲に下るというコースをとりました。

 大小さまざまの滝を見ることができ、相当楽しかったです。途中かなり危険な箇所もありましたが、それも含めて盛りだくさんの滝めぐりでした。しかし、はしゃぎすぎたのと、魚屋道で一度有馬に下りたことの疲労が足に蓄積され、最後はホンマにへとへとで帰るはめとなりました・・・。

 初夏にかけては、滝の周囲にも緑が生い茂ります。冬季の氷瀑は別として、夏の季節のほうが滝には合っていそうです。(※T君、是非行きましょう~)

Dsc00581

Dsc00588

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年2月 3日 (日)

いちおうの終了・・・

Rokko2_001 ■先月31日、修士論文を教務課に規定の二部、提出してまいりました。

 読み返せば読み返すほど、不満な点、足らぬ点に気づきますが、一応の区切りということです。

 午前中に提出し、夜の打ち上げまで時間があったので、大学の側の道を通って六甲山をウロウロしてきました。夏場は坂道は最悪ですが、こういう環境にある神戸大学ってやっぱりええですね。

 あらためて体温調節は難しいなぁ、と思った次第です。特に僕は汗かきなので、ちょっとスピードを上げると、すぐに体がじわりと汗ばんでくる。しかし、ちょっとばかり小休止を取ると、冷たい風で汗は体温を奪っていくんですな。

 ハラハラと雪が降るなか、天狗岩で一人サンドイッチを食べる。まだら模様の雪道を歩いて、摩耶山頂まで行き、そのまま神戸高校方面に下りました。

 冬の平日ということもあって、おそろしく静かでした。きちんとした登山靴など最低限の準備はいりますが、いいね、冬の六甲も。まだまだ遊べる道もあるから、四月までちょくちょく新しいルートで歩いてみるつもりです。(T君、縦走いつ行きますか!?)

Rokko2_006

Rokko2_010

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月22日 (火)

高坂正堯と戦後日本(草稿)

■引きこもってました。

 

 なかなか書けずに、映画ばっかり見てました。ダメだ・・・・・・。

 今さらながら、「読む」のと「書く」のは大違いということを強く実感しました。

 高坂先生の論考は読むたびに新鮮な驚きと示唆、考えるきっかけを与えてくれるのですが、さぁそれを何らかのかたちでまとめて形をつくりあげようとなると、どうしようもなくなってしまうのです。

 なにか全て中途半端なものになってしまったような・・・・・・。

■思うに、僕はいつも矛盾した感情に襲われます。

 というのも、「高坂正堯と戦後日本」というテーマは修士論文だからこそ選べたのです。仮に博士課程にいくつもりがあるのであれば、博士で扱うテーマを発展的に見据えて修士のテーマも考えなくてはなりません。博士論文ではつながりえないが故に、修士論文の対象として「高坂正堯と戦後日本」をすえたのです。

 しかしながら、二十そこそこの院生が果たしてどこまで高坂正堯先生の論考を読み込めるものでしょうか。様々な解説で述べられていることですが、高坂先生の文章は難解な専門用語(ジャーゴン)とは無縁であり、極めて平明で流れるような文章です。しかしその背後には、膨大な歴史知識と確固たる古典知識が控えており、僕も含めて多くの人々はそれに気づかずに通りすぎてしまう・・・・・・。海中に隠れている巨大な氷山の存在を見ていない。見ることができない。

 修士論文だから選択できたテーマであるが、しかし、修士論文では到底十分に扱いきれないテーマを、どう考えればいいのでしょうか。

■ともあれ、残り一週間は推敲をします。

 あんまりひどい出来なので、あまり見たくはないのですが、すくなくとも最低限の体裁はきちんと整えなければいけませんしね。

 頑張ります。あたい、やっぱり高坂先生が大好きやから・・・・・・。

※ちなみに、今日、中公クラシックスから出ている『海洋国家日本の構想』を立ち読みしました。中西寛先生が長めの解説を書いていました。修士論文で書いていることと同じ部分もかなり多かったです。光栄でしたが、ショックも受けました(笑)。Chu

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年10月 3日 (水)

憧れの・・・

■飛行機模型を遂に購入した!

 たまにはこんな贅沢もいいでしょう。う~ん、たまらん。

 真紅の機体は、そう、映画『紅の豚』でのポルコの愛機S-21なのである。しつこいようですが、たまらんですね。『天空の城ラピュタ』のフラップターや、『風の谷のナウシカ』のメーヴェも魅力的だが、やっぱり本機が個人的には一番好きだ。

 ただ、悩みは部屋が最悪に汚いこと。置く場所もなけりゃ、ホコリよけのケースもない。いまはアマゾンの空箱のなかでプチプチにくるまれてます。ほんで、一週間に一回ほど箱から出して、鑑賞するのです。もちろん、手で持って「ぶ~ん」とかは言いません。ニヤニヤ笑いながら鑑賞するだけです。(そのほうが危ないか・・・)

Savoia_002

■そういや、子供の頃からプラモデルには多少興味があったけれども、ちょっとズレてたな。ガンダムや艦船、戦闘機なんかには全然関心がない。「日本の名城」シリーズや、神社シリーズ、日本の原風景シリーズなんかの模型のほうが全然魅力的だった。

 なかでも、「水車小屋」とかいうのがあって、実際に水を循環させて水車小屋の水車がクルクル回るのが一番のお気に入りだった。昨今の「癒し」ブームのはるか十年以上前から・・・。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年9月30日 (日)

みたび六甲山へ・・・

1109 ■先日、またまた六甲山に行ってきました。

 いつもは一人で行くのですが、今回は神戸で働いとる大学時代の友人と二人で登攀なのである。こんな趣味(?)・誘いを共有してくれてどうもありがとう!

 無理をお願いして早朝七時に新神戸駅前を出発、布引の滝から六甲山へ入った。天気自体が曇りということもあって気温は全体的に低い。それでも、歩きよいなだらかな坂を話しながら上っていると、ちょうどいい感じで体も温まってきて、冷たい風が気持ち良かった。

 トウェンティ・クロスという、小川を数回渡渉するコースを楽しみつつ(もうちょっと水が多くても面白かったかな)、徳川道を上る。穂高湖は静かで水面が美しかった。

 「登六庵」にて「名物」(らしい!)ライスカレーを食べる。お店の雰囲気はすごく良いのに、ところどころツッコミどころが満載で面白かった。

 途中、ガーデンテラス付近で雨にあったが、普段の僕らの行いが良いので30分ほどで霧に変わる。体が冷えないように気をつけつつ進み、六甲最高峰には14時すぎくらいに到着した。てか、寒い!14度ぐらいしかなかった。そら寒いよ。

 その後、魚屋道をずんずん下って「有馬」に到着。「金の湯」にて「おっさん声」を出しながら、その日の疲れを取りました。

 森林浴&温泉&友人に癒された一日でした。翌日、日曜は雨だった!やっぱり普段の行いが良かったんだなぁ・・・♪

1098

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年9月 8日 (土)

シーズン6

■「24シーズン6」がついにリリース、なのである。

  修士論文が完成するまで我慢しようと思っていたが、僕の自転車は理性に背いてTSUTAYAへ向かう。ダメですね。大学受験の年、ドラゴンクエスト7を1年間我慢できた自分が懐かしい・・・。

  ところで、シーズン5は最高であった。書物でも映画でも何でも、「決して処女作を超えることはできない」という格言があるが、シーズン5はその格言を覆す出来だったと個人的には思う。「テロ」、「中国の台頭」といった時代背景・時代関心が米国の映画やドラマに如実に反映されることは、これまで様々に指摘されてきたことであるが、シーズン5では、「指導者(=大統領)への不信感」という要因が加味されており、それがプラスになっていたのである。

  さて、シーズン6はどのような感じなのであろうか。いまから深夜の鑑賞タイムに入ります(爆)。

■どうせなので本屋バイトのネタから・・・。

 「腐っても細木数子」なんでしょうね。バイト先の本屋でも『平成20年度版あなたの運命』が平積みで特設コーナーに鎮座しているのである。なぜか金のテーブルカバーの上にである。そして、確かに彼女の本はよく売れるのである。

  うちの親は細木数子が嫌いだと言いつつ、番組を見ている。そういえば、みのもんたに関しても同様の傾向が見られたか。「光が強ければ強いほど影もまた濃い」とはよく言うが、果たして彼女に「光」はあるのだろうか。

  ところで、最近ある「法則」に気付いた。「細木和子プッシュ反比例の法則」とでも名付けよう。ホリエモン然り、朝青龍然り。彼女が愛し、応援し、プッシュする人物はみな堕してゆくのであった・・・。

 集英社文庫版、太宰治『人間失格』が売れているらしい。理由は、太宰に共鳴する若者と時代関心、といったことではなく、「ジャケット」なのである。デスノートの作画を担当する、小畑健が表紙を描いているのである。CDやデザイン本などでの「ジャケ買い」は知っていたが、こういう購買刺激もあるんだな、と思った。同時に、人気漫画家を抱える出版社の新しい「ビジネス」や商品展開の可能性も薄々感じた次第である。Ningen

他にも荒木飛呂彦が表紙を描いた、『ポイントブランク』もある。最近の報道では、米科学雑誌「セル」の表紙を氏のイラストが飾ったという。

Pointo

  渡辺淳一『鈍感力』はロングセラーである。一時ほどの勢いは無いにしても、コンスタントに売れ続けている。

   それにしても思うのは、『鈍感力』なる題名の「矛盾」(それだからこそ、本書が売れたのかも知れないが・・・)と、渡辺淳一の「敏感さ」である。

   本当に鈍感な人は、自らが鈍感であることを気付きはしない。他人から指摘されて初めて、そうかなぁ・・・、と思うぐらいである。しかも、それに一つのポジティブな意味を付与し、概念化できる人は、ある意味で非常に「敏感」なのではなかろうか。その意味で、「鈍感力」は形容矛盾であるし、逆にそれであるからこそ魅力があり、面白さがある。

   しかしながら、その魅力的な「力」を自然に持てる人は少ないであろう。非常な敏感さを持って、意識的に鈍感な部分・領域を創出し、飄々と生きていく。本書は一つのきっかけなり、新たな視点を与えてくれるであろうが、結局は「鈍感力」なるものの大部分は先天的に負う部分が大きいのではないだろうか。

   

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月19日 (日)

六甲全山縦走

■須磨浦公園駅前から阪急宝塚駅まで、六甲連山を越えてゆく。全長56kmの道程である。(興味のある人は「六甲全山縦走」で検索してみてねん)

 新田次郎『孤高の人』を読んで、感銘を受けた僕は早速「六甲全山縦走」にチャンレンジしてきました。

 六甲山は僕にとっていささか「邪魔」なものであった。とにかく僕は私服では汗をかきたくないのである。そんなわけで高台にある神戸大学通学用に、わざわざ原付まで購入した。阪急六甲からわずかな距離のためだけに。

 だが、見方を変えれば、様々な方面からの交通アクセスがあり、街中からすぐの場所にある六甲山は絶好の「フィールド」なんですね。大学はこれまで基本的に直行直帰であった。せっかくの六甲山にこれまでまともに登った・歩いたことさえなかったのである。それでは余りにもったいないではないか!

 朝7:30にスタートして、ゴールが結局19:30であり、結局12時間もかかってしまった。どんな場所でも初めての場所は精神的に負担がかかるものである。地図片手に標識を頼りに歩く。いや、言い訳ではないですよ。体力が無いことの。

 また秋になったら再チャレンジする予定である。せめて10時間は切らないとね。それまでは、もう少し気軽に六甲山をうろうろするつもり。お金もかからないし、楽しいんだな。

■今年も24時間テレビの季節である。

 毎年思うが、この番組は疲れる。決して番組自体を冷笑しているわけではない。だが、それにしても見ている側はいささか「疲れる」のである。

 24時間の番組内で、実に様々な人々が困難を抱えつつ様々なチャレンジをする。実際にチャレンジをする人は、そのかけがえのない唯一つのチャレンジに何がしかを賭けているのであり、それは「一回きり」なのである。

 だが、視聴者はそんな「重い」チャレンジを何十個と絶え間なく見ることになるのである。だから「しんどい」。その内容・経験は真に尊重すべきものではあるが、あまりに多く、「疲れる」のである。だから、思う。番組のパーソナリティーの皆さんはよくあんなに一日に何回も涙を流せるなぁ、と。よほど感受性が豊かなんだろうなぁ、と。僕は決して「すれている」わけではなく、人並みに感動し、泣くし、それなりに熱くなることもある。しかし、それにしても、1日に何十人という人間のかけがえのない「重い営み」に「集中」して対することはできないのである。僕はそれほど強靭な精神を持ってはいない。

 え!?それなら、番組自体を見なければいいじゃないかって。おっしゃる通りである。3時間も見れば、それでいい。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年7月26日 (木)

まいなすいおん

■笑い話のようだが、箕面で「遭難」しかけたことがある。

 高校時代の陸上部で初めて勝尾寺への獣道を登ったときのことだ。最後の石畳を降りれば、視界が開け勝尾寺が出迎えてくれる。問題はここからであって、本来は左の道を行かねばならないのだが、誤って右の下り坂を降りていった。

 なだらかなトラック道路がぐねぐねと延々続く。「間違ったかな」と思ったが、改めて戻り上るのも苦痛なので走り続けた。側道をトラックがクラクションを鳴らしつつ走り去るので、本来の意味での孤独な「遭難」ではない。それでも、真夏であり、全く知らない道を身一つで走る心細さといったらなかった。結局、何とか国道まで出て近くのミスドで水を恵んでもらった。ただの水だったが、今まであれほど水がおいしいと思ったことはない。

 

 ■勝尾寺までは行かなかったが、今日、箕面の滝へ走りに行った。三国から走って行こうかと思ったが、さすがに挫折する可能性が極めて高かったので妥協して、石橋駅から走ることにする。

  テクテクと走って、滝までは約40分ほどで到着することができた。最近、ニュース番組(MBS系列Voice)で箕面の滝の水量が箕面グリーンロード建設の影響で激減し、ポンプで水をくみ上げているという悲しい報道があったが、それでも相当の落差から落ちる水しぶきと緑のコントラストは心地よく、リラックスできた。

  帰りに紅葉天ぷらを買う。ついでにブックオフで真っ昼間から本を30冊ほど購入して家路につく。レジ打ちを間違えていたみたいで、代金が12冊分だった。やった(笑)!

| | コメント (0) | トラックバック (1)

2007年7月17日 (火)

台風、去る。

■台風の去来によって、24時間リレーマラソンは中止とあいなった。けだるい虚脱感は多少ある。

■本屋でバイトをしていると、ベストセラーの動きがわかるのは当然として(※たとえば『女性の品格』なんかはかなりコンスタントに出ている。そういえば、塩野七生が『文藝春秋』8月号でちょっとかみついてたっけ・・・)、ある種の「風潮」のようなものを感じることもできる。

 情報誌・総合雑誌なんかは基本的に数が出ない。「論壇」という言葉はもはや「死語」であるとは言いすぎとしても、総合雑誌中の論文が時代をリードするようなことはおそらくはもうないであろう。(時々、間歇泉的に話題となる論考なり主張があったとしても・・・。)

 とはいえ、それでも何冊かは買っていかれる方がいる。そのなかでも圧倒的に多いのは、『WILL』と『SAPIO』である。『文藝春秋』はちょっと肌色が違うので別格としても、『論座』、『中央公論』、『現代』、『世界』などと比べると前記二者は圧倒的に目に触れる機会(レジにて)が多いのである。「右傾化」などという言葉を気軽に使うことは、厳に慎まねばならないが、確かにその雰囲気を本屋でも感じることはできるのである。

■PCオンラインゲームは色々あるんですね。僕はどれもやったことがないが、たまたまネットで『シム・シティ2000』の広告がバーナーで出ていたのを見つけた。

 中学か高校時代、『シム・シティ』にちょっとはまったことがあった。慣れてくると、どうしても「見事な都市」をつくりたくなる。整然と都市機能が配置され、緑も多く、交通機関は充実した、(碁盤目状でなくともよいが)見た目に美しい都市である。

 はじめは「金」がない。だからある程度町が発展し財政に余裕ができると、ごちゃごちゃした一画をぶっつぶして、改めて綺麗に整備していくのだ(ゲーム中でのかなり強制的な「都市再生」とでも言えようか)。ゲーム中であるから至極簡単である。住民の反対も環境も何も気にしなくてよい。そんな「自由さ」にこのゲームの特徴、面白さがあったのであろうが、考えてみれば、悪名高い皇帝「ネロ」の気持ちもわからなくはない、という複雑な気持ちになったものだった。

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 8日 (日)

1ヶ月ぶり・・・

■復活です。別にネットができない環境(ex.世界放浪の旅)にいたわけではありません。毎日がんがんネットしてました。ただ、僕の意志が弱いだけなのであります。

■隔日で本屋さんにてバイトをしているのである。

 新大阪駅ビル内に位置しているので、新幹線を利用する有名人なんかも時々訪れる。ここ最近の「収穫」では、ケンコバ、宮崎哲弥、オセロ松嶋、などなどである。あれ、そんなに大騒ぎするほどでもないか。衝撃だったのは、「辛口」ピ●コさんである。ヨレヨレのTシャツに、お肌はお疲れ気味だった。ちょっぴりショックを受けた僕でした。

 「フランス書院」文庫を買う中年男性と、かなりどぎついBL系コミックを買われる「腐女子」の方々を応対していると、それなりに悲しくなってくるのは事実だ。

 それでも時として、岩波文庫や新潮・文春文庫を買っていかれる人がいると、ちょっとほっとして嬉しくなってしまいます(特に若い人が買うと・・・)。まだまだ「読書人」とは死語ではないのであります。

 『岩波は読まなくてもいいが、「岩波文庫」はどんどん読むべきである』とは誰かの名言(?)である。

■映画DVDは相変わらずのペースで見ているが、久しぶりに最近の邦画を見た。この頃は主に白黒ばかり見ていたので疲れていたのである(特に『人間の条件』①~⑥はしんどかった。だが仲代達矢は疑いなく名優と思う。特に『切腹』は傑作!)

 リメイク版の『日本沈没』である。『アルマゲドン』や『ザ・コア』と方向性を同じくするパニック・感動SF超大作と思いきや(その面も確かにあるにはあるが)、何より自分が日本人というのもあって、それなりに興味深く見れた。

 「日本」が消滅するかもしれないという極限状況は我々にいやおう無く「国家」という問題をつきつける。国家、友人、難民などなど・・・、常に「極限状況(worst scenario)」のみを想定していては我々は生きてはいけないし、現実の政治・外交政策としては破綻である(例えば、「独立国」として「核」を持たねばならない、など)。だが、時として最悪の状況に眼差しを向けることは、良き「思考の鍛錬」になるであろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

«司馬遼太郎↑