「正統派は常に追い着いてくる」
■初期の「ちびまる子ちゃん」を愛する僕にとって、第二のそれは「あたしンち」である。続々と登場する新キャラや、大きなイベントを発生させなければ連載を続けることができなくなったとき、一滴の血も流さないジャンルに属する漫画・アニメはその楽しさを徐々に喪失するというのが、僕の持論なのだ(その意味で「ちびまる子ちゃん」や「クレヨンしんちゃん」は疑いなく、その全盛期を過ぎたと言えようし、また読者・視聴者ターゲット層は変化したと言える)。
何の変哲もない、ごくごく普通の家庭を中心に繰り広げられる物語で、しかもそれが楽しいのは、現時点では「あたしンち」と「サザエさん」だけであるというのは勝手な評価であり、言いすぎであろうか。
■読んでいる時の楽しさと感動と、それをもとに何かを書く苦悩の間の「断絶」がこれほど大きいとは、正直思っていなかった。
高坂先生は、戦後日本が生んだ最高の「高貴なる知性」であり「情熱」だと思う。奇跡と言っても決して過言ではない。今はそれしか書けない。「やがて書き残されたもののみを通して、高坂を知る時代が来よう」(『高坂正尭著作集 第八巻』580頁)とは、五百旗頭先生の言葉であり、僕はそこに生きている。その余りに早すぎる死に、多くの人々と同様に痛恨の気持ちを抱くと同時に、高坂先生の本と出会えたことに喜びを感じるのである。
「高坂氏は、その業績によって、あるいは社会的活動の在り方において、また学生を心から愛した教師として評価されてゆくであろうが、それ以上にその死に方の感動的なことによって語り継がれてゆくことだろう」 粕谷一希
(『日経ビジネス』1996年8月5・12日号、124頁)
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コメント
『中央公論』十二月号は、「高坂教授を語る」企画があるそうです。
五百旗頭先生と前原誠司氏が登場とか…。
投稿: 雪斎 | 2006年10月31日 (火) 00時36分
雪斎様
それは非常に楽しみです!教えていただきありがとうございます。今年は、没後十年ということで、司馬遼太郎特集(文春)や丸山真男特集(岩波等)は盛んでしたのに、高坂先生関連の特集が総合雑誌等でないのは少しばかり不満でした。
投稿: もんだ | 2006年10月31日 (火) 23時13分