高坂先生の著作を読んで・・・
■五百旗頭先生が、次期防大校長に・・・。素晴らしいです。
■修論とは直接的には関係ないのであるが、現時点で高坂先生の著作をざっと読んで感じたことをエッセイ風にまとめてみた。コメントくれたらうれしいっす。
■「不完全性」への愛~可能性の源泉としての不完全さ
日本における国際政治学、もしくは国際関係論に関する書物の中で版を重ね続ける、数少ないロングセラーの一つが高坂正尭教授の『国際政治~恐怖と希望』である。本書において国家を「力・利益・価値」の体系であると規定したことは、その枠組みの普遍性と不変性ゆえにあまりに有名である。だが、私がそれ以上に印象に残ったことは、高坂教授の知的強靭さであり、何よりも人間的な「強さ」であった。
解きがたい問題に直面して、悩む。安易な「解答」を求めはしない。「明快さ」の陥穽にはまらない知的強靭さの何とすさまじいことか。例外を認めぬ悪しき原理主義に陥ってはならない。ジレンマから逃げず、相対化と絶対化の間に厳然と屹立する一人の人間の力強さを、人は『国際政治』のなかで感じるであろう。
高坂教授が「強さ」を持ちえた理由は、逆説的にも人間の「弱さ」を認識していたからではないだろうか。人間の「弱さ」、より正確に言えばそれを生み出す人間の「不完全性」を教授は直視していた。人間の不完全さを乗り越えるべき対象とは見ず、またそこから逃げもしない。人間が不完全であるからこそ、多種多様なドラマが生み出され、歴史が刻まれてきた。そこには筆舌に尽くしがたい悲劇もあったが、それ以上に人間の活力があり、可能性があり、そして進歩があった。人間の不完全さは、時として重大な錯誤を犯し悲劇を招く原因ではある。だが、同時に多様な可能性の源泉でもあるのだ。そこに膨大な歴史の教訓が活かされ、政治の技術が作用する余地がある。高坂教授は、人間の不完全さを自然なものと見たし、むしろ望ましいものとさえ見ていたのではなかろうか。誤解を恐れずに言えば、人間の不完全さへの「愛」さえもがあったように思えてならないのである。
高坂教授が何よりも忌避したのは、恐らくは単純主義者であり原理主義者であり、そして自覚なき偽善であったと思われる。このことは高坂教授が人間の不完全さを直視していたことを如実に示していようし、もしくは改めてそれを意識的に確認するまでもなく当たり前のこととして「体得」していたことを裏書きしている。人間は不完全であるがゆえに、現実世界においては完全無欠な「答え」は無いし、また完全な意見の一致もない。だから我々は思考停止に陥って「不断の思考」を止めてはならないし、また異なる意見間での「対話」を止めてはならない。その時、単純主義者と原理主義者は大きな障害として立ちはだかるのである。
両者は共に「例外」を認めず、独断に陥りやすく、知的思考において頽廃の兆を示しやすい。より重要なこととして彼らは「悩まない」のである。それは彼らが人間の完全性が支配する世界(ユートピア)への到達を直線的に想定し、その世界像として自らが持つ「答え」が唯一であり、完全であると思い込んでいるからである。一方、高坂教授は「但し書きの学者」であった。どのような物事においても、提言や「答え」には必ず例外や留保の「但し書き」をつけた。たとえば吉田茂の評価においても、その功罪を明らかにしたし、発案者である吉田がとった様々な「但し書き」つきの政策がエピゴーネン(模倣者)たちによって但し書き無しに体制化されることの危うさを指摘していたのである。学術的戦術として、批判の予防線を張る為に、自らの主張に種々の例外規定を盛り込むことは特に珍しいことではない。高坂教授が特異な点は、そのような例外や但し書きをおそらくは「本能」としてつけていたことである。そこに彼の偉大さの一端を垣間見ることができる。
歴史を愛し、そこから様々な教訓を得ていた高坂教授は物事の教条化・固定化を本能的に忌避したのである。「成功のなかに失敗の種子は胚胎している」というアフォリズムはそこから当然導かれるものであった。人間の不完全性ゆえの成功と失敗という「可能性」を直視し続けたのであって、その可能性を「つぶす」、もしくはその可能性から「逃げる」姿勢をとる人々を教授は批判し続けた。そして彼らこそが、単純主義者であり原理主義者であり、完全主義者であったのである。たとえば、「現実主義者の平和論」で論壇デビューした高坂教授は一般的には現実主義者として位置づけられているが、彼は真の意味での理想主義者であり現実主義者であった。氏はその論文で理想主義者と現実主義者との間の「いきいきとした対話」を求めたのであり、単純主義者としての理想主義と現実主義、双方を批判したのである。いうなれば高坂教授は既に自身の内において可能な限りの「いきいきとした対話」を実践していたのであって、大胆な構想を慎重な政治技術によって実現していくという意味で真の理想主義者であり、現実主義者であった。それに加えて高坂教授は反対者たちとの「対話」を重視し続けた。学問の進歩は自由な「対話」によってこそ保障され得るのであり、異なる意見とそれを述べる人へ敬意を持って「論戦」を呼びかけ続けたのである。対話を大切にする姿勢は、自らの考えや主張の不完全さへの謙虚な認識を前提としていることは言うまでもない。たとえ、相手との価値観や認識に決定的な断絶があり、論戦相手が単純主義者であったとしても、「それでも私(※高坂)はあなたの役割を否定しない」と語りかけたのであった。
高坂が批判した理想主義(ユートピアニズム)と現実主義(シニシズム)は共に逆方向への「逃げ」のアプローチであった。すなわち、理想主義者は「可能性」としての悪の危険性を直視せずに、直線的に完全無欠の善=「素晴らしき新世界」を目指しており、他方で現実主義者は「可能性」としての悪を過大評価し、それへの準備はするが、それ以上は特になにもせず座視・傍観する、つまりは善の方向に可能性を導く積極さを見せないのである。それに対して高坂は、自身の仕事の意味を、人間の不完全性に由来する可能性が悪の方向に発現するのを最小限に食い止め、他方で可能性を最大限良き方向に向かわせること、と自覚していたのではないだろうか。現実と理想の乖離に苦しみつつも、それでも両者の架橋を目指し、より小さな悪(lesser-evil)のもとで改善を積み重ねていく能動的な姿勢の人間に、高坂教授は最大限の共感を示したのである。それがメッテルニヒであり、ケナンであり、そしてチェーホフであった。
また、拙速な「完全さ」を志向する態度を高坂教授は戒め続けた。そもそも人間性からして、現実世界においては「完全性」の実現が不可能であるという根本理解に加えて、完全さを目指すことは「可能性」とそれが生み出す「多様性」を抑圧することにつながるという怖さがあったのであり、完全さを目指す過程での不毛な騒々しさや熾烈さを教授は憂慮したのである。したがって高坂教授は、人間の豊穣なる歴史から生み出されてきた「叡智」を愛した。たとえ問題解決にはつながらなくとも、ともかくも現状を凍結するような妥協・暫定協定や、国家間の争いが破滅的結果につながることを防ぐ勢力均衡、国際社会が不必要に混乱しないための主権原則など、可能性の技術としての政治術(art)、政治的かしこさを大切にしたのであった。正と悪の原理主義的十字軍戦争や過去への終わることなき糾弾は、騒々しさと不毛な結果の可能性から、教授の「趣味」には合わないものだったのである。その嫌悪感の背景に人間の不完全さへの理解があったと考えることは決して的外れではあるまい。
高坂教授は人間の不完全さから「逃げ」なかったし、それを愛し、さらには「楽しむ」という境地にまで達していたかもしれない。一見あまりに世知に長けた氏の数々の流麗な文章は、それなしには生まれえなかったであろう。不完全さゆえの可能性は、いい方向に転がれば、悪い方向にも転がりうる。したがって成功は突如として失敗の原因になりうるのであり、また過剰な美徳は悪徳に容易に変化しうる。それらはコインの表裏なのである。「曖昧さ」はその心地よさに安住し、思考停止になれば堕落するが、他方で曖昧さゆえの可能性の幅と機会に苦闘し続ければ、そこから生み出されるものは限りなく大きい。不幸にも憲法九条の「曖昧さ」は戦後日本人にとって前者の悪徳に転化したのであり、湾岸戦争時における日本人の自覚なき偽善に高坂教授の怒りは爆発したのであった。
今日、憲法改正や教育基本法改正の問題は喧しいが、重要なことは両者には「答え」が無いということである。軍事力も愛国心もその「必要性」と「危険性」を常に考え続けることが大切なのであって、改正された・されなかったことから思考停止に陥ることは最悪である。我々一般人は人間の不完全さを愛することはおそらくはできないであろうし、いわんや楽しむなどという芸当はとてもできないであろう。だが、少なくとも不完全さを直視することだけはできるのではないか。そこから人間の限りない豊かな可能性が生まれてくるのであり、それが求める力強い主体性を我々に厳しく要請するのである。
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